山形大学工学部 米沢工業会 事務局

大正12年(1923) 柴田校長の提案により創立事務を開始。
大正13年(1924) 2月11日 米沢工業会創設、初代会長柴田才一郎校長(会員601名、入会金2円、年会費2円)米沢支部発会式。静岡支部設立(4月)東海支部設立(5月)「米沢工業会誌」第1号創刊(9月15日)第1回定期総会(10月)
大正14年(1925) 会誌年4回、第4号は「母校創立15周年記念号」。名古屋に於て臨時総会(4月)新潟支部・大連支部設立(7月)
大正15年
昭和元年(1926)
関西支部発会(6月)青島支部発会(8月)上海支部発会(9月)北九州支部発会(11月)
昭和2年(1927) 大場成実校長会長就任(6月) 北海道第1支部発会(9月)
昭和3年(1928) 仙台支部設置(2月)東京市にて臨時総会(4月)大阪市にて臨時総会(12月)会費年3円に値上げ
昭和4年(1929) 和歌山支部発足(3月)山陽支部発会(4月)横浜支部創設,京浜支部は東京支部と改称(6月)京城支部、山形支部発会(12月)
昭和5年(1930) 会誌年3回、18号「母校創立20周年記念号」(7月)台湾支部発会(10月)福島支部発会(12月)
昭和6年(1931) 茨城支部発会(4月)栃木支部発会(4月)上越線全通
記念に長岡市に於て臨時総会開催(9月)
昭和8年(1933) 北陸支部設立(4月)北海道第2支部設立(7月)函館支部発会(7月)青森支部発会(8月)秋田支部発会(8月)群馬支部、信州支部発会(11月)第10回定期総会、終身会費制採用終身会費40円(10月)
昭和10年(1935) 京都支部発会(9月)会誌第33号別
冊付録として「米沢高等工業学校25年略誌」を刊行(9月)新五色に「五色寮」建設3食付一泊学生50銭、職員、卒業生70銭
昭和11年(1936) 年会費4円に値上げ、南九州支部、西九州支部発会(4月)山梨支部発会(6月)「我等の校歌レコード」発売、1枚65銭。新京支部、奉天支部発会(5月)樺太支部、旭川支部、北海道第3支部発会(8月)山口支部発会(9月)香川支部発会(10月)熊本支部発会(11月)愛媛支部、徳島支部、山陰支部発会(12月)
昭和12年(1937) 会誌年4回に増刊、咸鏡支部発会(4月)沖縄支部、千葉支部発会(6月)兵庫支部発会、関西支部は大阪支部と改称(11月)
昭和13年(1938) 庄内支部、岐阜支部発会(3月)三重支部発会、東海支部は愛知支部と改称(4月)東京集会所開設(6月)福井支部、金沢支部、富山支部発会(北陸支部は解消)(7月)
昭和15年(1940) 華北支部設立(2月)岩手支部発会(7月)年会費6円に値上げ、終身会費制廃止、会員名簿発行
昭和16年(1941) 会誌年6回に増刊、戦没卒業生慰霊祭(9月)
昭和18年(1943) 新会長に森平三郎校長就任(10月)
昭和19年(1944) 会誌第71号(7月10日刊4頁)で停刊
昭和20年(1945) 東京集会所戦火により焼失(1月)敗戦により外地支部11は消滅、内地支部32も機能停止
昭和21年(1946) 会誌復刊第72号4頁(6月)第73号(9月30日刊)はガリ版刷ざら紙1枚(9月)会長制廃止、卒業生による理事長制採用、初代理事長長沢恭助氏、入会金10円、年会費30円に値上げ(10月)
昭和22年(1947) 母校大学昇格期成同盟会結成(4月)入会金20円、年会費100円に値上げ(7月)
昭和23年(1948) 山形大学創設期成同盟会結成(9月)
昭和24年(1949) 工学部創設祝賀会(4月)、第2代理事長窪嶋誠二氏就任、年会費200円に値上げ
昭和25年(1950) 内田伝一氏理事長就任(6月)
昭和26年(1951) 窪嶋誠二氏理事長就任(5月)全国に44支部活動
昭和27年(1952) 沢恭助氏理事長就任(5月)
昭和28年(1953) 年会費300円に値上げ(7月)、工業短期大学部期成同盟会結成(7月)
昭和29年(1954) 桜井克巳氏理事長就任(5月)
昭和30年(1955) 沢恭助氏理事長就任(5月)常務理事制設置安彦勝雄氏就任(6月)新庄支部発会(9月)北信州支部創設(10月)
昭和31年(1956) 福島支部は福島北、南、会津、浜通
の4支部に分割(4月)
昭和32年(1957) 工業短期大学部完成祝賀会(3月)理事長に戸田勇造氏就任、年会費400円に値上げ(4月)
昭和33年(1958) 終身会費復活(1万円3年分納)(4月)母校創立50周年記念会結成
昭和35年(1960) 母校創立50周年記念行事(大竹校長胸像除幕式、物故者慰霊祭、記念式典、記念講演会、工業会大懇親会、奇術公開等)「山形大学工学部50年史」刊行(10月)
昭和37年(1962) 準会員制設置、終身会費5000円に改正
昭和38年(1963) 年会費500円に値上げ(5月)
昭和39年(1964) 工業短期大学部創立10周年記念式典(5月)母校創立50周年記念図書館落成式(5月)
昭和40年(1965) 創立50周年記念五色寮完成(1月)、年会費700円終身会費7000円に改正(5月)
昭和43年(1968) 埼玉
支部発会(4月)
昭和44年(1969) 年会費1000円、終身会費10000円に値上げ(5月)
昭和45年(1970) 理事長に売間信男氏就任(5月)
昭和46年(1971) 理事長に渋谷誠助氏就任
昭和47年(1972) 常務理事に平田栄氏が就任(5月)本会創設50周年記念事業準備委員会発足(6月)
昭和48年(1973) 準備委員会の中に「法人設立」「保養センター建設」「募金計画」の各専門委員会を設ける。年会費2000円、終身会費20000円に値上げ 社団法人設立文部大臣より認可(12月)法人初代理事長に澁谷誠介氏就任(12月)
昭和49年(1974) 東京で社団法人設立臨時総会、終身会費制解消、前納会費制実施、準会員制廃止、賛助会員制設置、正会員年会費2000円、賛助会員年会費3000円、支部再編成(全国23支部に統廃合) 本会創設50周年記念事業実行委員会発足(6月)創設50周年記念祭開催、小野川温泉にて前夜祭(10月12日) 母校にて記念式典、松川河畔にて祝賀会、市民文化会館にて記念講演会(10月13日)
昭和50年(1975) 記念事業天元台セミナーハウス建設工事起工式(6月) 上棟式(10月10日) 本会のシンボルマーク新制定(10月)
昭和51年(1976) 天元台セミナーハウス完成延期、天元台セミナーハウス運営委員会発足(10月)
昭和52年(1977) 天元台セミナーハウス完成、市民文化会館にて記念展覧会(10月13~15日) 天元台に於て竣工式、祝賀会開催(10月16日) 天元台セミナーハウス開館(12月1日)
昭和53年(1978) 天元台セミナーハウス完成披露「会員の集い」3回にわけて開催(7月) 米沢八幡原中核工業団地企業誘致運動に協力
昭和54年(1979) 本年度より卒業満50年、満25年の会員に記念品を贈呈 母校本館重文修復工事文化庁直轄にて着工(11月)法人第2代理事長に我妻忠士氏就任(10月)
昭和55年(1980) 母校に建築工学科の新設を提唱、運動開始(5月)
昭和56年(1981) 山形大学キャンパス統合問題起こり反対運動を展開、米沢キャンパスは現状のままにて解決(7~11月)法人第2代理事長に我妻忠氏就任(10月)
昭和57年(1982) 短大改組、情報工学科新設に協力
昭和58年(1983) 重文本館完成記念事業(記念碑除幕式、重文披露、記録映画上映、祝賀会開催)(10月16日)
昭和59年(1984) 天元台セミナーハウスの経営がKK天元台委託から本会直営となる(9月)第3代常務理事に平亨氏が就任(11月)
昭和60年(1985) 大学院博士課程設置運動開始 公開講座支援活動開始
昭和61年(1986) 天元台セミナーハウスを木村弁護士立会いのもと丸島製作所に売却 国際交流(中国吉林東北電力学院・吉林化工学院との姉妹校活動)支援開始(11月)
昭和62年(1987) 法人第3代理事長に鈴木道也氏就任(10月)
昭和63年(1988) 定款の一部改正(10月) 第4代常務理事に神保俊一郎氏就任(10月)
平成2年(1990) 母校創立80周年記念事業に協力(記念植樹、青春の詩碑建立・工学部80年史・目でみる80年史「無窮」刊行、記念式典)
平成3年(1991) 会費等検討委員会中間報告(10月) 法人第4代理事長に平亨氏就任
平成4年(1992) 中国吉林の両姉妹校より本会の助成により留学中の11人修士課程修了 客員研究員交流助成開始 電気系70周年記念奉祝(9月) 法人第5代理事長に藤沢忠氏就任(9月)
平成5年(1993) 電気系学科記念植樹
平成7年(1995) 法人第6代理事長に近野正氏が就任(10月)旧制米沢高等工業学校・米沢工業専門学校・山形大学工学部・山形大学工業短期大学部記念室設置実行委員会が新たに発足する(12月)
平成8年度(1996) 母校山形大学工学部キャンパスの山形地区への全面移転統合問題に関する陳情書を、理事会および評議員会の総意として工学部長に提出する(9月)第4代常務理事に山岸圓治郎氏就任(10月)新卒業生と入学生に記念テレホンカードを贈呈
平成10年(1998) 母校学園祭『吾妻祭』に工業会展示室を開設
平成11年(1999) 事務電算システム全面
的な再構築完了(3月)。会員名簿(母校創立90周年記念)発行(6月)法人第7代理事長今井昭二氏が就任(10月)
平成12年(2000) 母校創立90周年記念事業に協力(記念式典、記念講演、祝賀会などの行事と本部総会を同日・同会場で開催)(10月)“重要文化財”記念展示館設置完了・開館(10月)会誌138号(母校創立90周年記念)刊行
平成13年(2001) 工学部支援に関する答申(工学部支援の在り方検討委員会渡辺克巳委員長報告8月)(社)米沢工業会長期事業活動方針について答申(長期ビジョン作成委員会委員長開沼啓副理事長報告10月)
平成14年(2002) 「部活動の活性化と会費納入率向上について」の取り組みのまとめ(支部長連絡協議会議事録10月)
新卒業生に雪の重要文化財(旧米沢高等工業学校本館)の写真入マウスパットを記念に贈呈(3月)新入学生(新賛助会員)に絵ハガキセット「歴史の街・文化の街」を贈呈(6月)
平成15年(2003) 平成15年版会員名簿(本会創設80周年記念号)発行(7月)
平成16年(2004) 創立100周年記念募金活動を第一次募金として平成16年(2004)年9月1日?米沢工業会募金目標額97,500千円で活動開始 米沢工業会創設80周年記念行事(式典、講演会、祝賀会)を挙行する(10月)記念講演の講師は元米沢有為会会長で、日本経済センター社長本間敏雄(D16)「日本新生の鍵“普通の国家になれ”」のテーマで開催 米沢工業会創設80周年記念号(米沢工業会報第49号)発行(12月)
平成17年(2005) 常務理事に山崎洋一郎氏が就任(10月)
平成18年(2006) 社団法人米沢工業会の個人情報保護規定を平成18年度定例総会において決議(10月)母校創立100周年記念会館の設計者の選定は公募型プロポーザルを実施し、高宮眞介氏に決定(12月
平成19年(2007) 山形大学工学部、大学院理工学科学位記授与式のあとに保護者も臨席して米沢工業会への入会式を実施(3月)
工学部に於ける教養教育科目として開校された第1回「企業を担う先輩達」の授業を支援。講師は企業のトップの方々(4月~7月)法人第8代理事長 結城經治氏が就任(10月)第1回ホームカンミングデイを工学部と協賛し開催する(10月)重文本館展示室に高橋朗氏の業績展示室を開設(10月)
平成20年(2008) 山形大学工学部・大学院理工学研究科学位記授与式に於いて今年度から学業以外で顕著な活動を行った3個人・3グループを表彰(3月)工学部に於ける教養教育科目にとして開催された第2回「企業を担う先輩達」の事業を支援。講師は企業トップと共に第一線で活躍されている方々(4月~7月)「京浜オーム・ビット会」からより広域性を持つ「首都圏オーム・ビット会」に変更(7月)第2回ホームカンミングデイを工学部と協賛し開催する(10月)五色寮及び用地を100周年記念会館建設に伴い、学生及び教職員の駐車場とする大学の申し出を受けることを決定(10月)
平成21年(2009) 会費検討委員会工藤委員長より結城理事長に答申(7月)定例総会通常外決議事項(①会員資格の見直し:現職の教職員を正会員とする。「前納」を「一括納入」とする。一括納入は10年分とし、爾後11年分の会費納入と見做し運用とする。他②五色寮用地一部工学部へ寄付。(10月)
平成22年(2010) 母校創立100周年記念号の米澤工業会誌№147を発行(6月)会費納入を郵便局及びコンビニエンスストアから振込み実施(6月)第3回釣りキチ能登全国大会開催(6月)定例総会通常外決議事項(①定款第三章 会員 第6条の改定(大学に在職する教職員をも正会員とする等)②新法人制度検討委員会の設置(10月)山形大学工学部百周年記念会館落成記念式典を大示範教室で開催(10月9日)同祝賀会・懇親会をグランドホクヨウ米沢で開催(10月9日)米沢工業会事務局が重文本館から百周年記念会館へ移転(10月)百周年記念会館落成記念号の米澤工業会報第55号を発行(12月)
平成23年(2011) 「米沢工業会首都圏ゴルフクラブ」(TH会ゴルフクラブを改称)設立(3月)百周年記念事業総括・東日本大震災特集の米澤工業会誌№148を発行(6月)平成23年版山形大学工学部創立100周年記念号会員名簿発行 頒布価格5,000円(8月)米沢工業会震災基金の創設(10月)
平成24年(2012) 新法人移行は「一般社団法人」申請を決定(10月)選挙管理委員会発足(11月)
平成25年(2013) 合同新年会にて米沢工業会震災基金を工学部へ寄付(1月)一般社団法人米沢工業会平成25年度代議員選挙立候補全員無投票当選(3月)米沢工業会会誌会報合併号を発行(3月)